大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)6205号 判決 1970年8月20日
原告
池阪光春
ほか二名
被告
神戸市
主文
被告は、
原告池阪光春に対し金一五六万円及び内金一四一万円に対する昭和四三年一〇月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員
原告池阪春子に対し金一五三万円及び内金一三八万円に対する昭和四三年一〇月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員
原告高島光子に対し金三九万円及び内金三四万円に対する昭和四三年一〇月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
但し被告が
原告池阪光春及び原告池阪春子に対し各金一〇〇万円
原告高島光子に対し金二五万円
の各担保を供するときは、その原告に対し右仮執行を免れることができる。
事実
原告ら訴訟代理人は、
被告は
原告池阪光春及び原告池阪春子に対し各金二七五万円及び内金二五〇万円に対する昭和四三年一〇月三〇日から支払済までそれぞれ年五分の割合による金員
原告高島光子に対し金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和四三年一〇月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決及び仮執行の宣言を求め、
被告訴訟代理人は、原告らの請求を棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする、との判決を求めた。
原告ら訴訟代理人は、その請求の原因として、
一、左の交通事故により後記のとおり亡池阪真己は死亡し原告高島光子は傷害を受けた。
とき 昭和四二年四月二二日午後〇時三〇分頃
ところ 神戸市灘区篠原六甲山一〇三四番地先通称六甲山道路有野線(完全舗装、見透し良く勾配六度の傾斜で且カーブしている)
事故車 大型貨物自動車(兵一た第〇五一五号)
訴外馬場俊一運転(北進下阪中)
被害車 第二種原動機付自転車
亡真己運転、原告光子後部座席同乗(南進登坂中)
事故の態様 事故車と被害車が接触、被害車は転倒した。
二、被告は事故車を所有し、右訴外運転手を雇用してその業務用に使用していたものであつて、右訴外人は被告の業務のため事故車を運転中、右の事故を惹起したから、被告は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条により、事故の結果生じた損害を賠償する責任がある。
三、亡真己は右の事故により頭蓋内出血の傷害を受けて即死し、原告光春及び原告春子はその父母であつて(亡真己に妻子はいない)、亡真己の死亡により原告光春及び原告春子並びに同亡人は左のとおりの額の損害を蒙つた。
(一) 得べかりし利益の喪失(亡真己)二〇、一三三、九〇〇円
亡真己は昭和四一年六月一三日臨時工として訴外松下電器産業株式会社(以下松下電産という)に入社し、同年一二月二一日正規従業員として採用され、ステレオ組立作業に従事していたものであるが、当時一七才一〇月の健康な男子で平均余命五三、一五年、就労可能年数四五年のうち少くとも四四年間は松下電産に勤務し、収入を得ることができたものと見込まれるところ、同亡人は当時平均月収一九、八六三円を支給されており、且毎年一三パーセント以上の昇給が見込まれて極めて高額の給与を得られる筈であつたが、これらを控え目に計算(なお生活費も同時に控除して算出)すれば別表記載のとおりの金額となり、亡真己は少くとも同額の得べかりし利益を喪失した。
(二) 葬祭費(原告光春負担)一三〇、四三五円
(三) 慰藉料(原告光春、原告春子)各一五〇万円
前掲事情の他、亡真己は右原告両名の二男(末子)で、大企業の従業員となり安定した将来が約束された矢先これを失い、最愛の末子を失つた右原告らの苦痛は大きく深刻であるから、これを慰藉するには少くとも各一五〇万円を以て相当とする。
(四) 弁護士費用(同前両名)各二五万円
この点については後記参照
以上合計二三、七六四、三三五円
このうち(一)については原告光春、原告春子は相続分に従い各二分の一宛を承継取得した。
四、原告光子は右事故により頭部外傷Ⅱ型、両側下顎骨骨折、右前腕骨(橈骨及尺骨)骨折、右膝部挫傷、鼻出血、前胸部、右腸骨部挫傷の傷害を受け、このため
自昭和四二年四月二二日至五月四日(一三日間)金沢病院入院
自五月五日至六月二四日(五一日間)松下病院入院(この間四回手術)
自六月二五日至一一月二日通院(実日数二四日)
各治療を受けたが、必ずしも完治せず被髪頭部に鶏卵大脱毛二ケ所、右前腕橈側(五、五糎)、尺骨(五、五糎及び下顎部左側(二、五糎)、右側(三、〇糎)の各手術痕、下顎部知覚鈍麻の後遺症状を残しており、これらによつて蒙つた損害額は次のとおりである。
(一) 治療関係費 二〇二、五三〇円
(二) 得べかりし利益の喪失 一三四、一九〇円
原告光子は当時前記松下電産に勤務し、ステレオの組立作業に従事し、一ケ月平均一四、九一〇円(税引)の給与を支給されていたものであるが、事故のため、休業を余儀なくされたため昭和四二年一一月一五日付で解雇されるに至つた。そして昭和四三年二月一二日体も回復して再就労可能となつたので他へ職を求め勤務し始めたが、この間九ケ月間は少くとも右同額以上の収入を挙げ得た筈である。
(三) 慰藉料 一五〇万円
前記各事情の他、原告光子は当時満一七歳の健康な未婚女性であるが、殊に外貌、腕露出部の手術痕は苦痛が甚大であり、これを慰藉するには少くとも金一五〇万円を以て相当とする。
(四) 弁護士費用 一〇万円
この点については後記参照
以上合計一、八三六、七二〇円
五、ところで事故車は自賠法第一〇条による責任保険(強制保険)適用除外車であるが、被告は自己査定により一方的に無責と強弁し、右損害額について全く支払をしない。現在一般の責任保険金給付の査定事務の実情は、本件事故に比し被害車側に遙かに高度な過失の存する事案についても保険金の支給(損害填補)がなされているのであつて、偶々保険適用除外なるが故を以て、被告の一方的主張によつてこの途をも封じられていることは極めて不当であるものというの他なく(なお原告光子は亡真己の強制保険から自賠責保険金として金七〇万円の支払を受けた)、以上諸般の事情を考量し、
原告光春は前記三、(一)乃至(三)の合計額の内金二五〇万円及び(四)の二五万円
原告春子は前記三、(一)(三)の合計額の内金二五〇万円及び(四)の二五万円
原告光子は前記四、(一)乃至(三)の合計額から右保険金を控除した残額の内金一〇〇万円及び(四)の一〇万円
及びこれらに対する(但しこの内それぞれ弁護士費用に対する分は請求しないのでこれを除く)昭和四三年一〇月三〇日(本訴状送達の翌日)から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。
被告主張事実は全部争う。
と述べ、
被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、
一、請求の原因第一項、第二項の事実は認める。
二、その余の請求の原因事実は全部争う。但し第三項のうち亡真己の死亡の事実及び原告らとの身分関係並に第四項のうち原告主張のとおり受傷したことは、いずれも認める。
被告の主張として、
一、事故車は下り勾配を徐行しながら進行してきたものであつて、被害車がかなりのスピードでセンターライン附近を対向して来るのに気付き事故車を左側に寄せながら進行し、安全に離合できるものと考えてそのまま進んだものである。
二、しかるに被害車は接触地点から約八〇米手前にある交差点の一時停止の標識を無視して相当な猛スピードで且センターラインを越えて進行したものであり、事故車は危険を感じて左転把急制動の措置をとつたが、及ばず本件事故に至つたものである。しかも、接触地点においては被害車のセンターラインオーバーの度合は、その以前よりも大きくなつているものである。(当初約七〇糎から接触時約一三〇糎のオーバー)
三、このように本件事故は専ら被害車運転者亡真己の過失により惹起されたものであつて、事故車運転手には前方注視、減速義務、左側避譲義務をすべて尽し、何らの過失も認められない(本件のような状況では警音器吹鳴義務は存しない)。
四、被告は事故車の運行に関し注意を怠らず、また事故車の構造上の欠陥、機能上の障害が存しないこと明らかな本件にあつては、被告は自賠法第三条但書により、被告は何らの責任も負うものではない。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
請求の原因第一項、第二項の事実は当事者間に争いがない。
(被告の免責の主張に対する判断)
そこで被告の主張について考えるのに、
〔証拠略〕を綜合すれば、
本件事故現場は、神戸市内から六甲トンネル、裏六甲ドライブウエイを経て兵庫区有野町に至る神戸市道(昭和四二年四月一日完成の有料道路)六甲有野線の路上であつて、登山道路の中腹に位置し、神戸六甲線との交差点の西方約六〇米カーブした南方約五〇米に新六甲大橋が存する通称丁桁橋南詰階近であること。
現場附近道路は、歩車道の区別のない乾燥したアスフアルト舗装、幅員約九米、センターラインの表示がなされ、上り進行方向(以下、単に右側、左側というときはこの基準によるものとする)からみてセンターラインの左側(即ち上り車進路)の幅員約四・七米、センターラインの右側(即ち下り車進路)の幅員約四・三米の後記の如く極めて見通しの良い道路であつて、道路右側は岩山があり、道路左側は六甲川(遙か下)に面する急な崖となつており、ガードレールが設けられていること。
現場附近は上り勾配約六度、左側にカーブ(半径約三五米)しており、現場附近の前後においてほぼ一回転(なお現場附近と前記交差点との中間、やや現場附近よりは、現場附近よりも急カーブとなつている)し、現場から上ると新六甲大橋に至り、これを経て六甲トンネルに至ること、下り進行車から見れば、新六甲大橋附近から本件現場附近は斜め右下方に当り十分にこれを見通すことができ、これを通り過ぎる前後からは、その下方にある前記交差点附近も完全に見通すことができ見通し極めて良好の状態にあること、上り進行車から見る場合は、かなり顔を上向ける必要がある他はほぼ同様の事情にあること。
現場附近においては(その前後も同様であるが)、道路左側(崖側)がやや低く、右側(山側)がやや高くなるように道路面自体に傾斜(所謂バンク)がつけられているが、この傾斜度は(道路横断勾配)は被告市技術吏員の推計によれば約二度四五分とされていること。
現場附近における交通規制としては、最高速度三五粁(現在四〇粁)、前記交差点東西(本件道路上)に一時停止標識(現在は廃止)の各規制がなされ、本件道路と交差する神戸六甲線は交差点の北方において、当時道路工事中のため通行禁止(当裁判所の検証時においても同様通行禁止、しかもかなり古くからの継続状態と窺われたが、検証時における通行禁止の事由は明らかでなかつた。)がなされていたこと。
現場附近を通行する自動車等は頻繁であつたが、歩行者は全くなかつたこと。
亡真己は昭和四一年秋頃単車の免許をとり、兄光三の所有する二輪車を利用していたが、昭和四二年三月頃被害車(第二種原動機付自転車、九〇cc)を購入し、これによつて通勤用に使用していたものであること、
事故の一週間前に六甲のドライブウエイコース(本件と同じコースと推測される)を友達と下見に行き、事故当日(晴)、この日は土曜日で会社も休日であつたので、友人と誘い合せ六甲ドライブをすることとなり、訴外武田茂の運転する単車に訴外室本某女を同乗させて先行し、その後へ被害車に原告光子が同乗して続いたこと、
武田車は現場附近に至るまで相当な高速で飛ばし(時速約四五粁以上、但し正確な計測をした資料は存しない)、このため現場附近においては被害車は相当に引離されており、概ね武田車が新六甲大橋に差しかかる直前頃、漸く前記交差点附近に至つていたとみられること、
そのため追いつこうとする気持も手伝つてのことと推認されるが、相当な高速のまま、事故車は一時停止の標識の存する場所でも全く停止せず、そのまま進行し、現場附近において最も急カーブとなつている位置附近を越えた辺り、即ち事故地点から約三四・五米東方(下山側)に始まり、事故地点に終るコーナーリング痕と呼ばれる車輪の痕跡を残して走行していること、このコーナーリング痕は起点附近で約〇・六米、事故地点附近で約一・三米弱、センターラインを(右側へ)オーバーして刻されているが、このような痕跡は通例スピードを出す場合などエンジン力が強くかかつたときにできるものと考えられていること、
一方事故車は本件道路を下り、被害車が前記交差点前後附近に差かかつた頃、新六甲大橋を通過し終つてやや進行した位置(事故現場から約四〇米)至り、約三五粁前後の時速で進行していたこと、
その頃事故車の後部右側座席(運転席の真後)に同乗していた訴外大野公男は被害車が一時停止の標識を無視してかなりの高速のまま進行してくるのを目撃したこと、そして事故車の運転車訴外馬場俊一はその地点から更に約二〇米弱進行した地点(事故地点から約二二・四米)附近で、その前方約五七・三米(事故地点から反対方向へ約三四・九米)の地点においてセンターラインを約〇・五五米オーバーして対向進行して来る被害車を発見したが、このときは被害車がかなり高速で上つてくるなと思つただけでそのまま進行し、被害車のセンターラインオーバーの点については、事故車が左側車線上を進行しているのでそのままで離合できると考えてそのまま進行したが、被害車はむしろラインオーバーの度を増してくる状態であつたので危険を感じ突嗟に左転把、急制動の措置をとつたけれども僅かに及ばず前記地点から約二二・四米進行した地点において事故車右端角と被害車及び亡真己の顔面とが接触乃至激突したこと、右衝突地点はセンターラインから約一・三米前後、西側(被害車進行方向からみて右側即ちセンターラインオーバー)の地点であつたが、衝突のはずみで亡真己及び原告光子は投げ出されて附近へ転倒し、被害車両は事故車の下敷となり、事故車は被害車両を引摺つたまま、スリツプ痕(右後〇・九米、左後一・八三米)を残して事故地点から約七・六米進行した地点(事故車の右端とセンターラインとの間の距離は約一・六米)で停止したこと、
事故車は車幅約二・三一米、車長約七・一五米、車高約二・三〇米であつて、事故当時訴外運転者を含め五名が乗込んでいた他には特に荷物はなかつたこと、訴外運転者は本件道路完成後、約三〇回現場附近を通つたことがあり、附近の状況は知悉していること、
現場の交通取締警察官の経験によると、本件道路におけるセンターラインオーバーは一般的に上り坂が特に多いとか、下り坂が特に少いといたことはなく、上りも下りも同じ位の率で見られるが、現場附近でセンターラインオーバーするのは単車に多くみられ、特に土曜、日曜に顕著であること、
以上の事実が認められ、右認定の趣旨に反する証人馬場俊一、同宮下昌己の各証言部分(前者については後に述べるので、ここでは後者について一言触れると、同証人は事故車の約一〇〇米後方を後続し、被害車の一時停止違背以後の状況を逐一目撃した旨供述するが、当裁判所の検証時の経験に対比し、カーブの激しい現場附近の状況では事故車の直後にでも追尾していたのではない限り、(同証人は約一〇〇米後方から後続したと供述する)、もしくは道路右側通行し且右へ身を乗出すようにでもしない限り、右の全部を終始目撃することは不可能であつたものと思われる)は前掲各証拠と対比してにわかに採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上の各事実によれば、亡真己にも一時停止標識無視(但しこの点は停止地点たる交差点における交差道路が通行禁止となつていることから通行する自動車もあり得ず、且現にその後右規制は解除されている程であり、また本件事故と直接の関係も存しないことであつて、特に重視するに値せず、むしろこれは次の速度違反の誘因となつた点に重大な意義がある)、速度違反(その正確な内容を明らかにする資料はない、なお後述参照)、センターラインオーバーの各過失があつたものと認められ、これらが本件事故における重大な原因をなしたものであることは明らかであるが、他面事故車の訴外運転者にも幾何かの過失が存したとの合理的な疑いを払拭できず、却つてその過失の存在を明らかに窺わせるものがあるものといわなければならない。これを前方注視義務、減速徐行義務、左側避譲(事故回避)義務の観点から検討することとする。
前記の認定のとおり同運転者が被害車を発見したのは事故地点まで約二十数米の地点であつたのであつて、この事実と、下り進行車にとつては前記交差点を含む本件現場附近一帯は斜右下方に当り見通し極めて良好で、現に同乗者の一人はその以前に被害車が一時停止しないで高速のまま進行して来るのを発見していること、被害車(九〇cc)が単車でありながら二人乗りで且高速を出しセンターラインをややオーバーしながら進行して来る異常な状態を、相当な時間に亘りかなり容易にしかも適確に把握し得る事情にあつたこと、現場附近でセンターラインオーバーするのは単車に多く、特に土曜日曜に頭著にみられること、事故車運転者は現場附近の道路状況を知悉していること等の状況とを併せ考えると、被害車発見時点の差は自己及び相手方の置かれている状況の把握(被害車の高速、ひいては遠心力の作用によるセンターラインオーバー等)、これに対応する措置など事故の発生防止について重大な相違をもたらすものであつて、一瞬の遅れが重大な事故発生につながる危険性をもつものというべく(この点の注意が行届いて発見が早く、状況を適確に把握しておればその後の措置も或程度の余裕を以てなし得、従つてまた警笛吹鳴、ハンドル操作、減速徐行等必要、適切な措置もとることができるものである。)、この意味において同運転者に前方(対向車動向)注視不十分(前記二十数米の地点で初めて発見したものとした場合)乃至その動向把握不完全(もしその以前に発見しているのであれば、その状況把握が不十分)の過失があつたことは免れないものといわなければならない。
またその結果として或意味では当然のことながら、事故車には減速且道路左寄への避譲措置をとつて事故の発生を未然に防止すべき義務に違背して、これをなさなかつたか、もしくは遅れたとの過失が存することをも否み得ないものである。
この点につき、被告は事故車が被害車発見と同時に減速徐行し且道路左寄に避譲措置をとりながら進行したかの如く主張し、証人馬場俊一もこれに副うかのような供述をなしているが、前記認定のとおりこの点の採り得ないことは明らかであるので、次にこれについて判断する。
まず減速しながら「左に避譲しつつ進行した」ことが認め難いことは多言を要しないところである。蓋し二十数米もの進行の余地が存し、且衝突地点はセンターラインから約一・三米前後内寄の地点であつて道路左端(その左は山側であつて転落等の危険も考えられない)になお約七〇糎前後の余裕を残している(現に衝突直前左転把の措置がとられ、停止時点ではこれより約三〇糎左寄にまで移つていることも前認定のとおりである)ことに照してこのような措置がとられておれば優に本件事故を回避できた筈であり到底採用の限りではない。
更に減速徐行の点については、対向車両が存した本件にあつては相互の距離関係、速度関係との相関々係においてこれを検討しなければならない。前記認定の距離関係は殆んどすべてが事故当時関係者の指示説明により把握された地点について計測されたもの(その意味ではいわば被告側の言分どおり作成されているといい得る)であつて、事故地点スリツプ痕、コーナーリング痕等客観的に明確なものを除き、不正確であるとの譏りを免れ難いが、他に客観的資料のない本件(交通事件については殆んど常につきまとう問題である)にあつてはこれらを基礎として判断する他ないものであり(且これらは後記において判断するとおり必ずしも不合理といえない面が存する)、これによるときは、事故地点に至るまで事故車は約二二・四米、被害車は約三四・九米を進行したのであるから、事故車の速度と被害車の速度とは比例する関係にあり、これによつて算出すれば、事故車が時速三五粁の場合二二・四米を約二、三〇四秒を以て進行し、この時間内に三四・九米を進行するには時速約五四、五二九秒を要することが計数上明らかであつて、この関係を図示すれば(時速で表示)、
(事故車) (被害車)
三五粁 約五四粁強
三〇粁 約四七粁強
二五粁 約三九粁
二〇粁 約三一粁強
となり、この点と前記道路状況、衝突状況、コーナーリング痕、その他上木証言にも窺われるように被害車のコースは遠心力の作用から考えても時速四〇粁以下ということは到底考えられない点(ほぼ五〇~六〇粁と推測されている)などを彼此考量すれば、事故車の速度は時速三五粁前後と認めることが相当であつて、減速徐行を認めるに由なく、もし減速したことが事実とすれば、その以前の速度が時速四〇粁以上であつたものという他ない。(当時の速度規制に照し、速度違反の事実を認め難い、当事者の心理を併せ考えればあり得ることであるが、この点に関する確証のない本件では、前記のとおり認定した。)
このような意味において訴外運転者には減速、左側避譲措置不十分との各過失の存在を窺わせるに十分であり、被告のこの点の主張は採用できない。
従つて被告の免責の主張はその余の点を判断するまでもなくその理由がないことは明らかである。
(損害)
そこで進んで本件事故により生じた損害について考えるのに、亡真己の死亡、その原告らとの身分関係、原告光子の受傷の各事実については当事者間に争いがなく〔証拠略〕を綜合すれば、
ほぼ原告らの主張するとおりの全部(相続関係を含む)の事実(請求の原因第三項、第四項)及び亡真己は高校一年中退であること、松下電産は従業員一、〇〇〇名を超える大企業であるが、従業員は比較的若年層が多く、亡真己と同職種の高令者は殆んどおらないため、それらの現在の給与水準を示す資料もなく、また亡真己と同時に入社した臨時工一〇名のうち木工に登用された者約七名、そのうち現在在職している者約四名であること、原告光子が再就労可能となつたのは最終の診療日の頃であること、などが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。
よつて以上の事実を基礎として損害額を算定すると、
(原告光春、同春子関係分)
(一) 得べかりし利益の喪失(亡真己―原告ら相続分) 八、二二三、四二〇円
亡真己の年令、職業、収入、昇給見込の実績については前記の如く原告ら主張のとおり認められるが、このうち昇給見込の実績に基きその昇給率を機械的に当てはめて将来の収入額を算出するような方法は、その不当なること、原告の主張する別表における高令時月収額を一見しただけで明らかであつて、敢えて統計による平均給与額と対比するまでもないことである。
これらの点と亡真己の年令(一七才)、前記のとおり従業員の定着率が意外に低いと認められる点などを考慮すれば、直ちに松下電産に数十年間勤務して昇給による高給を当然に得られたものと速断することはできないものというべく、控え目に算出することが必要であるものといわなければならない。尤もこの場合将来の目途も不明な幼児と異り、一七才とはいえ、現に大企業に就職している事実、仮に将来転職するとしても待遇、給与のよいところを選ぶのが人情の常であることをも併せ考えれば、幼児の場合と異なり或程度具体的な内容を以てその収入額を予測推計することができることは当然である。
このような見地から亡真己の収入額については、これを平均化するときは、製造業、一、〇〇〇人以上の規模の企業における従業員のうち、新制中学卒業二五才男子の平均賃金(昭和四三年版賃金センサスによる)を以て収入額とすることが相当であるものと認められ、生活費については独身男子であるから収入の五〇パーセント相当額を以て控除することが相当である。(原告らは将来結婚により妻子をもてば生活費も少くなるものとして減率して控除するよう主張するが、妻子等が存しない故を以て原告らが相続した旨主張し請求する本件でそのような自己矛盾の主張をすることは許されない。)この算式は、
七〇八、〇〇〇×〇・五×二三、二三=八、二二三、四二〇円
(二) 葬祭費(原告光春負担) 一三〇、四三五円
(三)(四) 慰藉料、弁護士費用
被告に負担せしむべき相当額は後に判示する。
以上原告光春合計 四、二四二、一四五円
原告春子 四、一一一、七一〇円
(原告光子関係分)
(一) 治療関係費 二〇二、五三〇円
(二) 得べかりし利益の喪失 九五、四二四円
一四・九一〇円×(六+〇・四)=九五、四二四円
(三)(四) 慰藉料、弁護士費用
被告に負担せしむべき相当額は後に判示する。
以上合計 二九七、九五四円
となるものと認められる。
(過失相殺)
ところで前掲各事実に照せば、亡真己にも前記各過失が認められ、これが本件事故の主因をなしているものと認められ、諸般の事情を斟酌してこれを事故車運転者の過失と対比すれば、概ね後者一対前者三の割合を占めるものというべきであり、また原告光子においても、単なる好意同乗とはいえ、前記のとおり登山路のドライブウエイのため前記車種に同乗し、且年令に照しても経験豊富とは到底いえないことが一見明らかな亡真己の運転に身を委ねた点その他前掲各事情に照し、或程度危険を受忍する地位にあつたものとして危険の素因概ね二〇パーセントの過失相殺をなすことが相当であるものと認められ、これらの事情を斟酌し被告に賠償せしむべき損害額(前記合計額について)を算定すると、
原告光春 一〇六万円
同春子 一〇三万円
同光子 二四万円
とすることが相当である。
(慰藉料及び弁護士費用)
原告らは被告が極めて不誠意である旨主張し、被告においても自己査定により、免責されるものとして賠償に応じていないことは弁論の全趣旨に徴し明らかであるが、弁論の全趣旨に照し、被告は真相の究明のため本訴においても自己にとつて有利不利を問わず進んで証拠方法の提出に協力しており、決して一方的な偏見にのみ捉われて免責を強弁するものでもなく、またその他諸般の事情に照しても被告の誠意を疑うべき事実は存しないものというべきであるが、それにも拘らず原告らが強い不満を抱く結果となつたのは、一重に加害者側に査定まで全般の処理をさせる現行制度の欠陥によるものと認められる。(基礎資料の蒐集、判断について必ずしも完全を期し難く、且専門的知識も完壁とはいい難い各個の機関が加害者側の情報のより多く入り易い状況において判断をしては十全となることが極めて困難であるのは見易い道理であつて、立法論としては現在立案作が行なわれているといわれる方向その他適当な内容に速かな改善がなされることが必要というべきであろう。)
従つて被告が損害填補を行なつていないことを以て直ちにその不誠意として慰藉料、弁護士費用等算定の基礎資料にすることはできないものというべきであり、その他前掲一切の事情並びに証拠により認められる諸般の事情を斟酌し原告らの慰藉料及び弁護士費用のうち被告に負担せしむべき相当額を定めると、
慰藉料
原告光春、同春子 各三五万円
同光子 八〇万円
弁護士費用
原告光春、同春子 各一五万円
同光子 五万円
とすることが相当である。
(結論)
そうすると、被告は原告光春に対し以上の合計額一五六万円、原告春子に対し同一五三万円、原告光子に対し同一〇九万円からその自陳する自賠保険金七〇万円を控除した残額三九万円及びこれらに対するその主張の趣旨のとおりの遅延損害金の支払をなすべき義務を負うものというべく、よつて原告らの本訴請求は右の限度において理由があるのでこれを認容し、その余を失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行及びその免脱の各宣言について同法第一九六条を各適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 寺本嘉弘)
別表
<省略>
以上